結び

『金剛経』を読み終えたある修行仲間がこう言いました。「仏が『すべての相は虚妄である』と説かれたのを聞いてから、人生に情熱を持てなくなった。すべてが虚ろに感じられ、生きる意味がわからなくなった」と。しかし実は、この方は「す … 続きを読む

心経

『金剛経』の後半における仏と須菩提の問答では、弟子たちは「如来の真空境界」に安住することによって、仏が説かれた一切の真実を悟る必要があります。ここで私たちは、誰もがよく知る「般若」智慧の核心となる大切な教え——『般若波羅 … 続きを読む

回顧

ここで簡単に、『金刚経』の核心的な教えを振り返ってみましょう。 この経典は、仏の弟子である長老・須菩提の問いから始まります。その問いは次のようなものでした。「発心して仏果を求めようとする善男子・善女人は、いかにして仏の知 … 続きを読む

第三十二品 応化非真分(だいさんじゅうにほん おうけひしんぶん)

「須菩提よ、もし人有りて、無量阿僧祇の世界を満たすに七宝を以ち持用(もっ)て布施せんに、もし善男子・善女人に有りて、菩薩の心を発し、この経において乃至四句の偈等を持して、受持し読誦し、人の為に演説したりとせんに、その福は … 続きを読む

第三十一品 知見不生分(だいさんじゅういっぽん ちけんふしょうぶん)

「須菩提よ、もし人『仏は我見・人見・衆生見・寿者見を説きたもう』と言わば、須菩提よ、意においていかに。この人は我が説くところの義を解せるやいなや。」「いななり、世尊よ。この人は解せざるなり。如来の説きたまうところの義を。 … 続きを読む

第三十品 一合相理分(だいさんじゅうっぽん いちごうそうりぶん)

「須菩提よ、若し善男子・善女人有りて、三千大千世界を以って碎いて微塵と為さんに、意においていかに、この微塵衆は寧ろ多しと為すや、いなや。」須菩提言わく、「甚だ多し、世尊よ。何を以ての故に、若しこの微塵衆が実有ならば、仏は … 続きを読む

第二十九品 威儀寂静分(だいにじゅうきゅうほん いぎじゃくじょうぶん)

「須菩提よ、もし人有りて、『如来はもしくは来る、もしくは去る、もしくは坐す、もしくは臥す』と言はば、この人は我が説くところの義を解せざるなり。何を以ての故に、如来は従来するところも無く、また去るところも無し、故に如来と名 … 続きを読む

第二十七品 無断無滅分(だいにじゅうななほん むだんむめつぶん)、第二十八品 不受不貪分(だいにじゅうはっぽん ふじゅふとんぶん)

「須菩提よ、汝もしこの念を作(な)さん、『如来は相を具足するを以っての故に、阿耨多羅三藐三菩提を得るにあらず』と。須菩提よ、この念を作(な)すこと莫れ。『如来は相を具足せるを以っての故に、阿耨多羅三藐三菩提を得るにあらず … 続きを読む

第二十六品 法身非相分(だいにじゅうろっぽん ほっしんひそうぶん)

「須菩提、意においていかに。三十二相を以て如来を観るべきやいなや。」須菩提言わく、「かくの如し、かくの如し。三十二相を以て如来を観たてまつらん。」仏は言いたもう、「須菩提よ、もし三十二相を以って如来を観るというならば、転 … 続きを読む

第二十五品 化無所化分(だいにじゅうごほん けむしょけぶん)

「須菩提よ、意において云何(いか)に。汝等は如来是の念を作(な)し、『我れまさに衆生を度すべし』とすと謂(おも)ふことなかれ。須菩提よ、この念を作(な)すこと莫(なか)れ。何を以ての故に、実に衆生として如来の度すべき者有 … 続きを読む