魔宮を抜けて

道中、彼女は五毒が作り出す無数の幻境を潜り抜け、ついに「自性山」の麓に辿り着いた。山の麓では、多くの男女が集会を開いていた。彼らは奇妙な化粧をし、異様な髪型をしていた。多くの女は裸に近い姿で、身体には極彩色の文様が描かれ、広場に整然と整列していた。

大悲は裸の女の一人に尋ねた。「ここで何をしているのですか?」

女は大悲を冷ややかに見やり、いらだたしげに言った。「知らないのか? 今日は大王が遠征から戻られる。麗妃(れいひ)様を連れてここを通られ、演説をなさるのだ」

言い終わるか否か、広場には歓声と鋭い口笛が響き渡った。銀灰色の小型艇が広場の中央に着陸し、人々が左右に避けた。大悲はちょうどその艇の傍に立っていた。

ハッチが開き、黒服の男たちが数人降りてきた。広場の人々は一斉に平伏した。大悲もすぐに跪き、盗み見ると、そこには背の高い、冷徹で美しい容貌の男が立っていた。その手には緑色の光を放つ杖がある。大悲の「天目神鏡」には、醜悪で恐ろしい形相が映し出された。「あれが魔王に違いない」と大悲は確信した。

魔王は傲慢に臣下を見渡し、語り始めた。「皆のもの、よく集まった。今日ここにいる者が少ないのは、多くの我が民が戦争に赴いているからだと知っている。今年、我が魔世界は諸々の幻境において十の戦いを繰り広げた。そのすべてが魔世界の真理と自由を守るための聖戦である。我々は他の幻境にも組織を築き上げた。すべての幻境が消え去り、我々がこの星の真の主となった時、世界は美しくなり、お前たちの毒もすべて消えるであろう!」

「幻境を殲滅せよ! 解毒せよ!」魔王の配下たちが熱狂的に叫び始めた。

そこへ、一人の衛兵が三人の罪人を魔王の前に引き出してきた。魔王は高笑いした。「民よ、この三人は反逆罪を犯した。我が世界では解毒などできないというデマを流布したのだ。どのような刑を与えるべきか?」

「焼き殺せ! 焼き殺せ!」群衆からヒステリックな声が上がった。

大悲の生命センサーが反応した。神鏡で確認すると、その中の一人が救援隊員であった。大悲が焦っていると、鈴を転がすような美しい声が響いた。「大王、その者たちの命、私に免じてお助けください」

艇の扉が開き、豪華な衣装を纏った絶世の美女が現れた。センサーが激しく反応する。神鏡に映ったのは多力の影だった。「多力だ!」

「多力!」と思わず口に出すと、その女は優雅に振り返り、大悲に微笑みかけた。その美しさは見る者を陶酔させた。彼女は魔王の傍らへと歩み寄り、群衆からはため息が漏れた。

「麗妃、なぜ降りてきたのだ?」魔王の冷酷な瞳に情愛が宿った。

「大王、今日は私の誕生日であることをお忘れですか? 今日は火刑などお止めください」

「麗妃よ、忘れるはずがなかろう。だが、この者たちは刑に処さねばならん。異端の邪説に執着する彼らを我が魔火(まか)で加持し、より高度な生命体へと転生させ、永生を与えるのだ」

「大王、私は今、人々を救済する方法を学んでおります。罪人の一人を私の宮殿へ連れ帰り、じっくりと導かせてはいただけませんか?」麗妃は艶然と言い放った。

魔王は躊躇したが、「よかろう。だが、この者たちの邪毒は深い。気をつけよ」と言った。

麗妃はすぐに救援隊員を傍らに引き寄せた。魔王は冷たく笑うと、その顔がどす黒い緑色に変色し、頭上からは藍色の炎が吹き出した。目はブラックホールのようになり、口から火の蛇を吐き出した。残りの罪人二人は悲鳴を上げる間もなく灰となり、炎は再び魔王の口へと吸い込まれた。魔王は何事もなかったかのように冷徹な姿に戻った。

群衆は歓喜し、「大王万歳! 魔力無辺!」と叫んだ。魔王が去ろうとすると、人々は再び地に伏した。麗妃が大悲の傍を通り過ぎる時、大悲は囁いた。「多力! 多力!」女は不思議そうに大悲を見た。

「多力、私よ、大悲よ」その時、魔王が二人の様子に気づき、その視線が剣のように大悲を貫いた。魔王の瞳が回転し、緑色の妖光を放った。大悲は世界が回転するような感覚に襲われた。「魔毒だわ」と直感した大悲の摩尼宝珠が回転を始め、その光を吸い込むと、少し身体が軽くなった。

「麗妃、この女を知っているのか?」「どこかで見たような気がしますが、思い出せません……」「この女も宮殿へ連れて行け」魔王は部下に命じた。

大悲は心の中で喜んだ。「魔宮を抜ければ、自性山へ行ける!」

大悲は魔王たちと共に艇に乗り込んだ。銀灰色の艇は音もなく空を駆け、魔術的な船内は意識を夢幻の世界へと誘った。時空の変化を感じる間もなく、艇は静かに着陸した。

艇を降りると、そこには金碧輝煌(こんぺききこう)な魔宮がそびえ立っていた。魔宮全体が奇妙な光を反射し、色と形を刻一刻と変えている。入り口がどこかもわからない。突如、音楽が鳴り響き、宮殿の中央が開いて花に満ちた赤い光の道が伸びた。空中には誕生日の祝辞が響き、黄金の葉が舞い、異形の獣たちが現れては消えた。

やがて音と映像が止まり、美しい旋律だけが残った。魔王は麗妃を抱いて光の道を歩み、大悲もその後を追って魔宮へと入った。

「この女を、私と麗妃の隣の部屋へ入れろ」と魔王が命じた。

魔女たちに案内された部屋は、豪華絢爛な宝物で溢れていた。部屋の中央にある宝石を散りばめたベッドからは、緑色の霧が立ち上っていた。

「下がっていいわ」と大悲が言うと、魔女たちは「あなたが眠るまで離れるわけにはまいりません。大王の貴賓を無下にはできませんので」と答えた。

「わかったわ、休むことにする」大悲はベッドに横たわった。横になった途端、心に沁みるような妖しい香りが漂い、大悲は全身の力が抜け、意識が遠のいた。「魔毒だ……」宝珠が回転し毒霧を吸い込み始めたが、大悲は声も出せず指一本動かせぬまま、深い眠りに落ちた。

「起きて、早く起きて!」どれほどの時間が過ぎたか、切迫した声に大悲は目を覚ました。冷たい水が口に注がれ、大悲は完全に覚醒した。

目の前には美しい麗妃が立っていた。「多力!」大悲は激しくその手を掴んだ。

「あなたは誰? 私は多力などではありません、皆は麗妃と呼びます」

「多力、多宝如意王を覚えている? あなたの救済任務は? 私は大悲よ!」

「大悲様……?」麗妃の目から涙が溢れた。「ついに、ついに。大王はあなたの宝珠を奪おうと連れてきたのです。その宝珠がこの星のものではないと聞き、もしやと思っていました」

「多力、どうして魔幻境に囚われたの?」

「救援隊員は皆毒に侵されました。私は魔王が持つ解毒の丹薬を手に入れるため、彼の妃となったのです。魔王は私を寵愛し、長生不老の薬をくれました。それには解毒の効能もありましたが、代わりに私は新しい『魔毒』に冒されました。魔王の支配を離れれば、私は死にます。でも生命センサーはまだ生きています。魔毒が鎮まっている時は、隊員たちのこともわかります。何度も救難信号を送ったのですが……。あなたがいれば、もう希望があります!」多力は涙を浮かべながら笑った。

「多力、私は魔宮を抜けて自性山へ行き、万手万眼神人に会わなければならないの。彼だけが皆を救える。山へ通じる道を知っている?」

「魔宮は魔力による毒に満ちています。あなたが眠ったあのベッドも、執着の毒で作られたもの。私が『忘情水(ぼうじょうすい)』を飲ませなければ、あなたは永遠に眠り続けたでしょう。でも、宮殿を抜けることはできます。ただ、自性山への門だけは魔王しか知りません」多力は不安げにうつむいた。

「心配しないで、門が見つからなければ、別の方法で脱出するわ」大悲が慰めると、多力は顔を上げた。「あ、そうだわ! 裏庭に一つだけ、自性山に通じていると思われる門があります。一度も開いたことはありませんが」

多力の額に汗がにじんだ。焦りから魔毒が回り、顔が赤くなっている。大悲は言った。「多力、落ち着いて。望みがあるなら試しましょう。魔王がその門の鍵を持っているのを見たことはない?」

「魔王は常に蛇の形をした鍵を身につけています。用途を尋ねても笑うだけで答えませんでした。おそらく、それが鍵に違いありません」

「魔王が目覚める前に、その鍵を手に入れて試しましょう。ダメなら別の道を捜すわ」

多力は部屋を去り、すぐに巨大な蛇の形の鍵を持って戻った。二人は急いで裏庭へ向かった。道中、魔女たちに出会ったが、王妃の姿を見て彼女たちは恭しく道を譲った。

多力が指し示した門の前に辿り着いた。夜だが裏庭は明るく照らされていた。門の上には「善門(ぜんもん)」と刻まれていた。大悲は苦笑した。「魔幻境に善の門があるなんて」その門は継ぎ目のない巨大な岩のようだった。

大悲は心を落ち着かせ、摩尼宝珠を回転させた。鋭い光が門を射抜くと、地鳴りのような音が響いた。突如、黒い影が走り、大悲は叫んだ。「気をつけて!」

遅かった。門から巨大な大蛇が躍り出て多力に巻き付き、その巨大な口が多力の顔に迫った。多力は本能的に、手に持っていた鍵を蛇の口へ突き刺した。

蛇が悲鳴を上げ、口から腐敗した猛毒の液体を多力の全身に吹きかけた。

「麗妃!」空中に魔王が現れた。魔王は一瞬で蛇を八つ裂きにすると、息絶え絶えの多力を抱き上げた。「麗妃よ!」魔王の悲痛な叫びが響いた。多力は目を開けたが、顔は蒼白で呼吸は荒い。

「麗妃、なぜここへ来た……」

「大王、この方は私の友人です。彼女を山へ行かせてあげたいのです。門を開けたかった……。大王、私はもう長くありません。どうかお願い、私の友人を傷つけないで……。あなたはもう十分、宝物を持っているでしょう……」多力の唇は紫に変色していった。

「麗妃、意識を保て! 心臓に毒が入る!」魔王は狼狽した。

「大王……門を……開けて……友を……」多力は最後の一言を絞り出し、目を閉じた。

「多力!」大悲は泣き崩れた。

「麗妃よ、この門に鍵などないのだ。そなたが持っていたのは宝物庫の鍵だ。この門は存在するが開いたことはない。門の穴には蛇王が棲み、その毒は魔世界で最も恐ろしいものなのだ! 私の魔力でもそなたを救えぬとは……」魔王は多力に縋り付き、子供のように号泣した。そして自らの口を彼女の口に当て、毒を吸い出そうとした。

その時、轟音と共に「善門」の二文字が万道の金光を放ち、魔宮全体を照らし出した。門がゆっくりと開き始めたのだ。大悲は悟った。魔王が蛇毒を恐れず、愛する者を救おうとしたその一瞬の無私と愛が、善の門を開かせたのだ。

大悲は多力の救命に没頭する魔王を見やり、心の中で囁いた。「多力、さようなら。神人に会い、必ずあなたを助けに戻るわ」大悲は善門を駆け抜けた。門の光に触れた途端、彼女の中の魔毒は消滅した。数歩進むと門は重低音を響かせて閉ざされ、背後からは魔王の引き裂かれるような泣き声が聞こえてきた。

「多力……」大悲は多力の死を悟った。幻境とはいえ、神鏡には多力が無数の白い蓮の花に変わる姿が映っていた。それでも五毒の情愛が込み上げ、涙が止まらなかった。

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